宮崎旅行(2020年6月)⑤廃線跡・廃駅巡り≪高千穂鉄道編≫

こんにちは、おっさんトラベラーのマーカー(@IDmarker)です。

今回は2020年6月に実施した宮崎旅行について書き込んでいきたいと思います。
複数回にわたりご案内します。

宮崎旅行(2020年6月)①【宿泊体験記】コロナ対策中のシェラトン・グランデ・オーシャンリゾート
宮崎旅行(2020年6月)②宮崎で食す
宮崎旅行(2020年6月)③宮崎の北へ~高千穂町≪天岩戸・高千穂神社・高千穂峡≫めぐり~
宮崎旅行(2020年6月)④宮崎の南へ~えびの・霧島高原とショートトリップ~

第五回目は、廃線跡・廃駅めぐり≪高千穂鉄道編≫についてです。

マニアックなテーマとなってしまいましたが、高千穂に向かう途中で以前鉄道で日本全国を回っていたときに、乗車しそびれた路線があることを思い出しました。それが高千穂鉄道(旧国鉄高千穂線)です。

そのため、今回の旅行で高千穂に向かう途中に廃線跡及び廃駅をまわることとしました。

思ったよりも線路が通っていた痕跡が残っており、回るのに時間がかかりました。

乗るはずだった路線に思いをはせながら、高千穂へと向かってみることにします。

高千穂鉄道(旧国鉄高千穂線)とは

ちなみに高千穂鉄道は、2008年12月に廃止になった線区です。

12年間経ちますが、どのくらい痕跡が残っているのでしょうか?確認をしてきました。

下の図は、運行されていた当時の沿線マップです。

廃線の経緯
高千穂鉄道は、かつて宮崎県延岡市の延岡駅から宮崎県西臼杵郡高千穂町の高千穂駅を結んでいた50.0キロメートルの鉄道路線。2005年の台風14号による増水で第一五ヶ瀬川橋梁(川水流 - 上崎間)、第二五ヶ瀬川橋梁(亀ヶ崎 - 槇峰間)が流失するなど全線にわたって甚大な被害を受け、運行休止となった。宮崎県や沿線自治体が復旧費用の負担に難色を示したため、高千穂鉄道としての復旧・運行再開を断念し、全線廃止とすることが決定。2007年9月6日に延岡 - 槇峰間が廃止、翌2008年12月28日に全線が廃止された。

2005年の台風14号で流されてしまった、五ヶ瀬川に架かっていた橋梁。

高千穂線の歴史
1935年2月省線(のちの国鉄)「日ノ影線」として延岡 - 日向岡元間が新規開業。順次延伸し1939年10月日ノ影まで開業。
1972年7月日ノ影 - 高千穂間を延伸開業し「高千穂線」と改称。

さらに熊本県の「高森線」(現:南阿蘇鉄道)の高森まで建設を進めていたが、
1980年国鉄再建法成立により高千穂 - 高森間の鉄道建設凍結。

1984年6月国鉄再建法により※特定地方交通線(第2次)として廃止承認。
1987年4月九州旅客鉄道(JR九州)が承継。
1989年4月第三セクター方式により設立された「高千穂鉄道」に転換。

※特定地方交通線
国鉄再建法に規定する地方交通線のうち、バス転換が適当とされた線区。
第2次は旅客輸送密度4,000人未満で、なおかつ貨物輸送密度が4,000トン未満が基準。

高千穂鉄道の現在
「高千穂鉄道」の廃止に当たり、民間で復旧・運行再開をする企業・団体が現れれば譲渡を検討するとしており、高千穂町の観光・商工関係者らが部分運行再開のための会社として「高千穂あまてらす鉄道(設立時:神話高千穂トロッコ鉄道)」を設立した。同社は、まずは廃止された高千穂駅 - 日之影温泉駅間で部分運行再開し、その後将来的には、延岡駅までの再開を目指している。現在は高千穂駅 - 高千穂橋梁間をスーパーカートによる遊具としての不定期運行を行っている状況。

高千穂鉄道の現在を見ていただいた通り、営業廃止されている線区ですが、将来の営業再開に含みを持たせているのが特徴です。

延岡駅 ー 西延岡駅間

延岡駅は、蔦屋書店スターバックスがありおしゃれな駅になっていました。

途中で見つけた路盤の跡です。奥は延岡駅方面。

西延岡駅に近いところで発見した踏切跡。まだ線路が残っています。

西延岡駅

西延岡駅に着きました。まだ現役で使っていそうな感じです。

延岡駅方面を望みます。

線路に降りてみました。路盤はしっかりしています。

高千穂駅方面方面を望みます。

駅前には立派な蔵(倉庫?)がありました。

川水流(かわずる)駅

川水流駅があった駅前通りに接続する道路に、宮崎交通の川水流駅前バス停として駅名を残していました。

北方町は、日本で唯一地名に十二の干支がそろっていた町のようです。

2006年に延岡市に合併された際に消滅してしまいました。大字に干支は残っています。

中心部案内図には鉄道が残っています。

川水流駅から左下の川に架かっていた第一五ヶ瀬川橋梁が流されたのが、高千穂鉄道廃止の要因となりました。

川水流駅跡ははなぶさという集会所になっていました。高千穂駅方面を望みます。

同じ地点で、延岡駅方面を望みます。

早日渡(はやひと)駅

早日渡駅に到着しました。待合所が今でも残っていました。

駅名標もしっかり残っています。保存状態もいいです。

廃止当時の時刻表です。

駅の路盤を高千穂駅方面を望みます。

同じ場所で延岡駅方面を望みます。

槇峰駅

槇峰駅の手前には、県道237号線に並行して橋梁跡が残っていました。

廃止になるまで、槇峰駅-高千穂駅間は最後まで運行されていた区間です。

そのためか槇峰駅は保存状態が良い感じです。

ホーム跡に向かいます。

屋根や椅子なども残っています。

日向八戸(ひゅうがやと)駅 ー 吾味(ごみ)駅間

県道237号線の右側に高架線が見えてきました。

高架線は県道と川を一気に渡ります。

吾味(ごみ)駅

吾味駅に到着。

路盤は舗装されていて遊歩道になっています。

遊歩道はここから隣の日向八戸駅まで完成しています。

ホーム跡がきれいに残っています。

駅名標も。

時刻表も。

時間があれば日向八戸駅まで歩いてみたかった。

吾味駅 - 日之影温泉駅間

県道237号線はもともと幅員が狭い箇所は今までもありましたが、どんどん狭くなっていきました。

対向車が来たらすれ違いが難しい箇所がいくつもあります。

結局は並行する国道があり交通量が少ないので、すれ違いに苦労したことはありませんでしたが。

高規格の国道が完成するまではこの道が高千穂までの主要道のはずなんですが、当時は鉄道が主役だったんでしょうか。

仮に高規格の国道が完成していなければ、今でも鉄道が地域の主役だったかもしれません。

日之影温泉駅

日之影温泉(1994年まで日之影)駅構内

1972年まで終着駅だった日之影温泉駅(当時は日之影駅)に到着しました。

温泉施設が併設していて今でも営業中です。

路盤跡を延岡駅方面を望みます。

TR列車の宿

日之影温泉駅のそばには高千穂鉄道から譲渡された2両の車両を改修し、2010年に宿泊施設TR列車の宿」としてオープンしています。

一部は車両自体を加工しています。

車両が原形をとどめていませんので、何か寂しい感じもします。

スクラップにされるよりいいのでしょうか。

天岩戸(あまのいわと)駅

県道7号線沿いに、廃止された天岩戸駅への案内板がまだ残っています。

案内板の方向に進むと、狭い道の突き当りに駅がありました。

天岩戸を名乗っていますが、天岩戸神社まで駅から7キロメートルほどあります。

駅から延岡駅方面を見ると現役当時は、日本一の鉄道橋梁だった高千穂橋梁が見えます。

橋が跨いでいる岩戸川の河底から桁の上面までの高さは105.0メートル

現在の日本一は、静岡県にある大井川鐵道井川線関の沢橋梁で高さ約71メートルということだそうです。

高千穂駅

高千穂駅舎は現在、高千穂あまてらす鉄道の事務所となっています。

スーパーカートという遊具を線路に走らせている。

高千穂駅は高千穂の街の中心部にあり、観光地となっている高千穂神社高千穂峡に比較的近いところに位置しています。

意外と言っては失礼にあたるかもしれませんが、高千穂の街はコンパクトながら商業施設や住宅が数多く見られました。

まとめ

高千穂鉄道は廃止されましたが、高千穂あまてらす鉄道として復活できるようにわずかな希望を残しています。

高千穂鉄道の跡を延岡駅から高千穂駅から全体的に見て見ると、高千穂あまてらす鉄道の本社のある高千穂駅近くに限っては、いまだに営業中の雰囲気を残しています。

スーパーカートが運行している高千穂駅から数キロのレールは錆びることなく、息づいていました。

しかし、その他の地域にはホームや待合所の施設は一部残していますが、遊歩道や道路の一部として整備されていたりしますし、流された橋梁を建設しなくてはならず復活はかなり難しいのではないかという気がします。

これからどのようになっていくのか、高千穂鉄道を見守っていきたいと思います。

なお、掲載した情報等は2020年6月現在ですので、今後変更がある可能性があります。各地を訪問の際は最新の情報を入手の上お出かけください。

最後までお読みいただきありがとうございました。