宮崎旅行(2020年6月)⑥廃線跡・廃駅巡り≪リニア宮崎実験線他編≫

こんにちは、おっさんトラベラーのマーカー(@IDmarker)です。

今回は2020年6月に実施した宮崎旅行について書き込んでいきたいと思います。
複数回にわたりご案内します。

宮崎旅行(2020年6月)①【宿泊体験記】コロナ対策中のシェラトン・グランデ・オーシャンリゾート
宮崎旅行(2020年6月)②宮崎で食す
宮崎旅行(2020年6月)③宮崎の北へ~高千穂町≪天岩戸・高千穂神社・高千穂峡≫めぐり~
宮崎旅行(2020年6月)④宮崎の南へ~えびの・霧島高原とショートトリップ~
宮崎旅行(2020年6月)⑤廃線跡・廃駅巡り≪高千穂鉄道編≫

第六回目は、廃線跡・廃駅めぐり≪リニア宮崎実験線他編≫についてです。

リニア宮崎実験線(宮崎県日向市・都農町)

リニア宮崎実験線
リニア実験線は磁気浮上式鉄道(超電導リニア)の実験用線路。リニア宮崎実験線は国鉄時代の1977年に7.0キロメートルの単線として開設された。1979年12月に無人運転(ML500)で517 km/hの最高速度記録を、有人走行(MLU002N)では411 km/hの同記録を1995年1月に達成。1996年に距離が長く複線区間を擁する山梨実験線が完成したため走行実験を終了した。その後宮崎実験線はエアロトレインの実験や大規模な太陽光発電に使用されている。

リニアの夢

今回、このリニア宮崎実験線の廃線は偶然発見しました。

国道10号線で細島線のある日向市を目指して向かっていたところ、渋滞によりナビの誘導で進路を変更し裏道の県道302号線を走行。

都濃町に入りJR日豊本線の都農駅がある町の中心地を過ぎたところで、突然ロケットでも発射するようなカタパルトのようなものが見えてきました。

車を停めてよく見ると太陽光パネルのようなものが均等に並んでいます。

そういえば、山梨県にあるリニアの実験線は元々宮崎県にあったという記憶が蘇ってきました。

小学生の頃は、いつかは宮崎に行ってリニアモーターカーを見に行きたいと思ったり。また、子供心に大人になったら開通したリニアに乗ってみようと思っていました。

新幹線よりスピードが出るリニアモーターカーにあこがれていたんですね。

世界一細長い太陽光発電所

実験線の一部は世界一細長い太陽光発電所になっていました。

宮崎ソーラーウェイプロジェクト
リニア宮崎実験線は実験が終わると、負の遺産的に高架線だけが残ってしまった。宮崎県・都濃町協力のもと国際航業ホールディングスが跡地を活用したソーラー発電所開設を決定。2009年に子会社(宮崎ソーラーウェイ株式会社)を設立してメガソーラー発電所を建設・運営。3.6キロメートルに渡って並ぶソーラーパネル架台は総数261基あり、設置角度は南向きに10度の傾きとしている。

一定間隔でソーラーパネルの架台が並んでいます。

途中からソーラーパネルはなくなっていました。

JR総研宮崎実験センター(元浮上式鉄道宮崎実験センター)

リニアモーターカーを操作していた宮崎実験センター今どうなっているのか?見てきました。

一旦国道10号線に出て信号のない交差点を右折、両脇から道路に樹木が覆いかぶさっている狭い道を通った奥に見えてきました。

実験センターの建物と実験線の頭端部です。

建物内に電気がついています。実験センターはまだ稼働しているようです。

門にある看板には宮崎実験センターの文字が。

実験センターから実験線が出てきています。

都農町方面に向かっています。

細島線(日向市 ー 細島)

細島線
細島(ほそしま)線は、宮崎県日向市の日向市駅から細島駅の間を結んでいた鉄道路線。日向市駅(当線開業当時は富高駅)から東進し、細島港へ至る省線(のち国鉄線)として建設され、1921年に宮崎本線(現・日豊本線)美々津 - 富高間と同時に開業した。1957年には区間内に新駅(伊勢ヶ浜駅)の設置も行われたが、1972年に旅客営業を廃止して日豊本線の貨物支線となった。国鉄分割民営化により日本貨物鉄道(JR貨物)に承継されたが、1989年に休止されたのち廃止となった。
細島港
細島港は宮崎県で唯一税関支署(門司税関細島支署)が設置されている港湾であり、海外(韓国の釜山港や台湾の基隆港、高雄港など)と国際定期コンテナ船が就航している。明治時代後期から昭和時代初期にかけて捕鯨基地として利用された。1971年には宮崎カーフェリー(初代)が兵庫・神戸港への航路が開設していたこともある。現在、旅客フェリーの運航は休止されている。

細島駅

細島駅にはホーム跡とレールがいくつも並んでいたと思われる広いスペースが残っていました。

草が生い茂っています。

細島港に向かう終端部を望みます。

伊勢ヶ浜駅付近

伊勢ヶ浜駅の跡の近くに細島線をしのぶ案内板があり、運行当時の状況がよくわかります。

案内板設置場所から、伊勢ヶ浜駅を通り日向市駅方面を望みます。

左側の道路が廃線跡です。

同じ場所から細島駅方面を望みます。

日向市駅

細島線の起点だった日向市駅に到着しました。

なかなか立派な駅です。

日向市駅は数々の賞を受賞しているようです。

2008年鉄道デザインの国際デザインコンペティション「ブルネル賞」で、建築部門の最優秀賞を受賞。2009年には国内の優れた建築物に授与される第50回「BCS賞」を受賞。2014年国土交通省の「都市景観大賞」のうち「都市空間部門」の大賞受賞。

日向市は、有名なプロ野球選手の出身地でもあるようです。

日向市民栄誉賞を受賞した、黒木知宏元選手や青木宣親選手の手形レリーフが展示してありました。

妻線(佐土原 ー 杉安)

妻線
妻(つま)線は、かつて宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)の佐土原駅から、同県西都市の杉安駅までを結んでいた鉄道路線。なお妻線は宮崎駅に最初に乗り入れた鉄道。1913年に宮崎 - 妻間の宮崎県営鉄道として開業。1917年に買収され省線(のち国鉄線)となる。1920年には宮崎本線(現・日豊本線)の高鍋延長にともない、宮崎 - 広瀬(現・」佐土原)間は宮崎本線となり広瀬 - 妻間に短縮。1922年には妻 - 杉安間が開業し全通したが国鉄再建法施行に伴い1984年12月に全線廃止となった。

妻駅

妻駅の跡は現在駐車場になっています。

正面のビルは宮崎交通の西都営業所で1階がバスセンター。当時は妻駅でバスに乗り換える旅客も多かったのだろうか。

近くの児童館に駅名標が保存されていた。

妻駅跡のある西都市はプロ野球ヤクルトスワローズのキャンプ地だ。

6月なのに歓迎の横断幕がある。

妻線廃線跡の一部は宮崎佐土原西都自転車道になっています。

このサイクリングロードシーガイアの北端が起点になっており、3年前はシェラトンホテルから自転車で妻駅跡まで走りました。

杉安駅

3年前には来れなかった杉安駅跡を訪問。構内と思われる場所には何もありません。

駅前跡を通る国道219号線には宮崎交通杉安バス停と郵便局がありました。

宮崎交通線(南宮崎 ー 内海)

宮崎交通線
宮崎交通線は、かつて宮崎県宮崎市の赤江(現・南宮崎)駅から内海駅までを結んでいた、現在バス会社となっている宮崎交通が運営していた鉄道路線の通称。現・JR九州日南線の前身にあたる。1913年10月宮崎軽便鉄道が全線を開業したが、国鉄日南線の建設に伴い1962年7月に一旦廃止された。10か月後の1963年5月に日南線(南宮崎 - 北郷間)が開業し路線が復活した。ただ青島 - 内海間は別路線となったため、現内海駅は旧内海駅と離れた位置に設置され一部の駅は復活しなかった。

今回は宮崎交通線の中でJR日南線として復活しなかった路線の一部を巡りました。

白浜海水浴場バス停のある右側から廃線跡となった道路が合流して、奥の内海駅方面へと伸びていました。

このあたりに白浜駅があったといわれています。

宮崎交通線白浜駅 - 内海駅間廃線跡内海駅方面を望みます。

路盤跡は車道の右側あたりだそうです。

2本の柱のようなものは、座礁した浚渫船鬼の洗濯板のそばにあることからか「鬼の御箸」といわれているそうです。

宮崎交通線白浜駅 - 内海駅間廃線跡南宮崎駅方面を望みます。

まとめ

今回は宮崎県内の廃線・廃駅跡を、断片的ですが訪問した内容をまとめてみました。

あまりにもとりとめのないため、廃線・廃駅の専門の方から見ると物足りない内容になっていると思います。

多いパターンとしてそれぞれの地域に訪問した際、「そういえばこのあたりに鉄道が通っていたかな」といった思いつきで回ってみたため、あくまで旅行のスパイスの一つとして考えているからかもしれません。

ご容赦いただければ幸いです。

全体を見渡してみると晴れている写真はほとんどありませんでした。梅雨空の宮崎旅行です。

なお、掲載した情報等は2020年6月現在ですので、今後変更がある可能性があります。各地を訪問の際は最新の情報を入手の上お出かけください。

最後までお読みいただきありがとうございました。