永福町大勝軒のラーメン

こんにちは、マーカー(@IDmarker)です。

先日、永福町大勝軒でランチしましたので、そのことについて書き込んでいきたいと思います。

今回の食後11時20分ごろに撮影してみました。15人ぐらい並んでいるのでしょうか。常に並んでいます。

「東池袋」ではない「永福町」

「大勝軒」という店名を目にすると、「ああ、あの“ラーメンの神様”のお店?」と思われがちですが、今回書き込みをさせていただいている永福町「大勝軒」は、東池袋「大勝軒」とは味もスタイルも別物……“永福町のランドマーク”といわれるほどの人気店です。“つけ麺の元祖”と呼ばれた故・山岸一雄さんが創業された「東池袋系」とは無関係だそうです。

永福町大勝軒 本店…東京都杉並区和泉3-5-3 最寄り駅:京王井の頭線「永福町駅」

「永福町」大勝軒の始まり
1955年(昭和30年)創業。創業者は、草村賢治氏。
新潟の農家の三男として生まれ、その後一家は上京。杉並区堀之内で中華麺の製造・卸を営む。
その手伝いをしながら、父母から商人の心得を学び、大勝軒を開業することになったという。
草村氏が26歳の時、京王井の頭線の「永福町駅」の駅前で店を構えた。

開店前からの行列

6月の平日、10時40分に京王井の頭線永福町駅に降り立ち、お店に向かいます。駅を降りたところの井の頭通りの交差点にお店は位置します。11時の開店でもだれも並んでいないようです。「おっラッキー!」と思って信号待ちをしているうちに、店の前に並ぶ人がどんどん増えて3人並んでしまいました。

「まあいいか」と思って列に並び、店の中を覗き込んだところ、既に席にはお客さんが座っていました。なんともう満席になっていました。行列があたりまえのお店は健在でした。コロナ禍の影響はなかったのでしょうか。

ひたむきにラーメンを啜る音

順番が来たので、店員さんに促されお店に着席。チャーシュー麺を注文しました。思えばこのお店を訪れたのは10年ぶりくらいかもしれません。30年前に初めて訪問した時から店の雰囲気は全く変わっていません。出来上がるまでの間、お店を紹介したタブロイド判の情報誌「ラーメン通信」雑誌を読んだりして時間をつぶしました。

5~6分ほど待って銀色のトレイにれんげや割りばしと一緒に、大ぶりのどんぶりに満たされたチャーシュー麺が届きました。

ここのラーメンはスープが熱いのが特徴で、私はよく口の中をやけどしたりしますが、今回は不思議なことに熱さはあまり感じられませんでした煮干しの匂いが広がり懐かしい味です。麺はやわやわな感じで、これが特徴です。量自体も多く2玉入っています。食べ応えはかなりあります。食べることに集中していきます。

黙々と麺を啜っていると、周りのお客さんの様子も同じような感じ。私を含めて「お昼を食べに来たんじゃない。ラーメンを食べに来たんだ。」という強い意思を感じました。コロナ禍で飲食店での会話を避けてという話がありますが、特に意識しなくても一心不乱に黙々と麺を啜る音が聞こえてきます。

食後に会計。他のお客さんは会計をするついでに、お土産ラーメンを買っていく方がいました。行列でなかなか食べることができない家族のためなどに買っていく方も多いのではないでしょうか。

30年前の出会い

永福町「大勝軒」との出会いは30年ほど前にさかのぼります。当時勤めていた会社の仕事先が埼玉県川口市でした。永福町に住んでいるという上司に連れられたのが、東川口の「大勝軒」でした。

大ぶりのどんぶりにたっぷり入った麺の量と煮干しの味は、強いインパクトを私の中に残しました。また、メニューに書かれていた「氷の無料サービス」の但し書きが印象的だったのを覚えてきます。

店に設置された鏡に系列店がいくつも並んでおり、他にも店があるのが分かりました。その後、同じ上司に永福町大勝軒にも連れていかれ、武蔵高萩の「大勝軒」にも足を運んで、どっぷりと「永福町系」大勝軒の信者(笑)となっていきました。

特にラーメン通ではなかった私は、有名だったという東池袋の「大勝軒」の方は知らなかったです。「大勝軒」といえば永福町のことと思っていました今は東池袋「大勝軒」のつけ麺も大好きですが。

永福町系「大勝軒」系列店

永福町系「大勝軒」の系列店は他にもあります。永福町で修業した方が独立して設けた店のようです。

先ほど書いた「東川口」「武蔵高萩」「保谷」に行ったことがあります。他に関連店などもあり、この表にはありませんが大久保の「めとき」という店に行きました。

それぞれの店の味は微妙に違います。

店名(地名)住所
大勝軒(保谷)東京都西東京市3-14-32
大勝軒(一橋学園)東京都小平市学園西町1-20-2
中華麺舗 草村(永福町)東京都杉並区大宮1-1-1
大勝軒(武蔵増戸)東京都あきる野市伊奈891-9
大勝軒(狭山ヶ丘)埼玉県所沢市狭山ヶ丘2-642
大海軒(毛呂)埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷657-5
大勝軒(武蔵高萩)埼玉県日高市高萩624-5
大勝軒(東岩槻)埼玉県さいたま市岩槻区東岩槻1-4-1
大勝軒(一の割)埼玉県春日部市南4-21-3
大勝軒(東川口)埼玉県川口市戸塚2-25-1
川越大勝軒(川越市)埼玉県川越市新富町2-25-8
※ラーメン自由区さんのサイトを参考に修正。情報は変わっている可能性があります。念のため最新の情報をご確認ください。

永福町大勝軒の特徴

  • スープは湯気が出てないのに激熱ラードで表面を覆っているからです。どんぶりも激熱になるので銀のトレイでサーブされます。
  • 直径24cmの特大どんぶり280gの中華麺とスープがなみなみと注がれています。
  • 店内飲食とお土産ラーメンで1日の売上がおよそ800杯とのこと。驚異の25回転を誇るモンスター店でも机やイスは常時ピカピカ
  • お冷はセルフサービスの飲食店も増えて来ている中、催促せずともタイミングよく注ぎに来ます。
  • 拡大路線を取らないのが特徴。「安易に支店を増やすと味もサービスも低下し経費の面でも無駄が出て結果的に客にそのしわ寄せが行く。それなら1店で2店、3店分稼げばいい」とのこと。
  • 以前は「氷の無料サービス」がありました。「夜間に急病で水がなくお困りの方は氷を差し上げます。寝ているときは電話で起こしてください。」の張り紙が張られていました。これは、クーラーもほとんど普及していない1962年のこと。お客様サービスのため当時35万円もする製氷機を導入していたが、ある夜「子どもが熱を出して苦しんでいるから、氷を分けて欲しい」と店に若い母親が駆け込んで来ました。これを機に、このサービスが始まったとされています。今はコンビニでも氷を手に入れられますのでなくなりました。
  •  開店当初は相当な材料の拘りから、一杯35円のラーメンを作るのに27円(原価率80%)も掛けていたといいます。生活の方は大変だったが、いつか何とかなると据え置きで頑張り、11年後の1966年(昭和41年)にやっと倍の70円値上げに踏み切ったというエピソードがあります。

大ぶりでひっくり返らない特注のグラスを使っています。

まとめ

初めて訪問した時、中華麺800円の価格は「ラーメンの割には値段が高い」と思っていました。今は1130円です。今となっては他の店でも1000円越えているところがありますし、麺の量も2玉分あるためそれほど高くはないかなという印象です。

久々の訪問でしたが、強いインパクトを感じた初めて食べたときのことをまざまざと思い出しました。
今度は10年以内には訪問してみたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。