こんにちは、旅行好きのマーカー(@IDmarker)です。
現在、新型コロナウイルス感染症がいまだ終息の気配すら立っていません。GoToトラベルの再開も難しい状況ですので、残念ながら旅行を楽しめる環境ではありません。
そのため過去の旅行について書き込んでいきたいと思います。今回はコロナ禍直前の2020年1月に訪問した上海についての3回目です。
前回までの内容については下記をご覧ください。
「南京東路」めぐり
ホテルを出て人民広場を右に見ながら、南京西路を歩いていくと、上海屈指の繁華街南京東路に繋がります。
ルロイヤルメリディアン上海の建物が見えてきました。そこからが南京東路です。道路標識をみると歩行者専用道路になっています。
ルロイヤルメリディアン上海の下層階は近代的な建物の百貨店になっています。ちなみに向かい側の「第一百貨商業中心」という歴史ありそうなビル。こちらの前身は1936年開業の華人資本の百貨店「大新公司」で、上海初のエスカレーターを設置したデパートとして開業当時大きな話題になったそうです。
南京東路の旧名は「南京路(ナンジンルー)」といい、1865年に開通しました。名前の由来は、上海が外国により開港させられた「南京条約」にちなんでいるそうです。当時はイギリスとアメリカが管轄する共同租界でした。1908年には路面電車が開通しました。
その後中国では辛亥革命が起こり、1912年に中華民国が建国。1914年以降経済力をつけて台頭した華人による大規模百貨店が南京路に次々と開業し「中華商業第一街」といわれることに。
1945年に南京路は「南京東路」に名称変更され、。1999年、南京東路の東端から約1kmの区間が歩行者天国化。そして2020年9月には歩行者天国が外灘まで延伸しました。訪問時には延伸したばかりのタイミングです。
遊園地などにある乗り物があったのが面白かったです。ショッピングに花を添えますね。
この遊具にはドレッシングやマヨネーズで有名なキューピーのラッピングが。上海でもキューピーの製品が流通しているのでしょうか。
バスがやってきました。屋根の上にトロリーが延びています。日本ではもう見ることのできないトロリーバスが走っていました。
こちらは連結された小さいバスのような乗り物。こちらも日本にちなんだラッピングで、NARUTOのキャラクターです。上海でも人気があるのでしょう。
南京東路は歩行者天国になっており、賑やかでした。夜はカラフルなネオンが見られるようですので、夜訪問するのも良さそうです。
アップルストアが入っている百貨店。
アップルストアの向かいには、ガラスの反射でサムスンのストアが向かい合わせにあるのが見えます。
賑やかなショッピング街から、いきなり静かな住宅街になりました。
「外灘(バンド)」で上海の「過去」と「今」を感じる
南京東路が外灘(バンド)に突き当りました。
外灘(バンド)は上海の歴史ある建築物と、浦東の超高層ビル群を一望できる上海随一の観光スポットです。
歴史ある建築物がズーっと先まで続いています。
目の前の道路を渡り、黄浦江の遊歩道へ上がると、歴史ある建築物と対岸の浦東の超高層建築を一望することができました。まさに上海の「今」と「過去」です。
黄浦江を挟み対岸に広がるのは、近未来的な高層ビルが林立する浦東エリア。
上流方向を望みます。
下流方向。くねくね曲がりながら長江(揚子江)に合流します。
租界時代に「バンド地区」とよばれていた外灘は、各国の領事館や銀行、商館が集結した上海の経済と交易の中心地でした。
当時の欧米各国でも最高水準の設計を取り入れた外灘の西洋建築群は、現在もほとんどそのままの姿を残し、20世紀初頭の華やかな上海の歴史を今に伝える文化財として保護されているそうです。
「外灘(バンド)」からホテルまで
外灘(バンド)を後にしてホテルに戻ります。道路の突き当りに見える建物が宿泊中のホテルJWマリオット・ホテル上海アット・トゥモロースクエアです。
洗濯物が干されている建物が、昔ながらの上海っていう感じです。
バスがやってきました。今のトロリーバスはトロリーが外れてもいいように蓄電池の電車になっているようです。
エピローグ
ホテルに戻ってからチェックアウト。人民広場駅からは上海軌道交通2号線で浦東国際空港駅に向かいました。リニア利用より時間はかかりましたが、乗り換えなしで行けるところが良かったです。
JALのカウンターでチェックインを済ませ、出国審査ではかなりの人が並んでいました。
ラウンジでフライトの時間まで待ちます。SAA39番ラウンジがJALの指定ラウンジです。
熱々のお饅頭を配っていたので、いただきました。
まとめ
今回初めて中華人民共和国に入国と及び上海に訪問しました。初めての上海は日本とは違う様々な発見を得られました。地下鉄は東京以上に路線が張り巡らされていますし、南京東路での活気や上海駅での人々の多さなどをみて日本にはなくなってきた、熱気や活気、元気など勢いを感じました。さすがアメリカに次ぐGDP(国内総生産)の国です。
それを感じる一端としてキャッシュレス化社会が浸透していることです。日本ではあまりにも現金に固執しています。キャッシュレス化以外にも様々な古いしくみやシステムが今でも残っていますので、残念ながら中国にはどんどん引き離されていきそうです。
なお、施設等の情報は2020年1月現在ですので、今後変更がある可能性があります。現地を訪問の際は最新の情報を入手の上お出かけください。
最後までお読みいただきありがとうございました。